経営者の智恵袋

4.想定される問題点と経営者の課題

前述のように、会社法と日本版SOX法は、企業に必ずしも新たなシステム作りを義務付けるものではない。しかしながら、相対的に財務基盤が脆弱で社内の管理体制が整わない新興企業にとっては、従業員の作業量の増加や監査報酬の負担増など見過ごせない問題である。2006年12月22日付の日経金融新聞では、「時価総額が小さな企業ほど内部統制ルール適用に伴い、監査報酬の負担が収益の足を引っ張りやすい」とする米会計監査院の分析に言及している。
指摘されるように、米国でSOX法が制定されたのは、エンロンの破たんとその後に発覚した粉飾決算の影響が大きい。しかし、米国のジャーナリスト Malcolm Gladwellの”公然の秘密”と題する手記(*4)によれば、これらの事件が起きた原因は、財務報告書に不正や不足があったからではなく、逆に情報が膨大すぎたために、外部からエンロンの不適切な会計処理が見えにくくなっていたことにある。エンロンにはSPE(特別目的会社等)が3,000あり、各々の財務報告書は1,000ページを超えるものであった。 Gladwellは、ウォールストリートジャーナル誌の記者は、エンロン自身が開示していた情報によって事件の全容に迫ることができたが、投資家にはそれができなかったと記している。
SOX法の施行によって、このような問題が解決したとは考えがたい。TDKがSOX法の求めに応じて内部統制を文書化したところ、4万ページもの分量になったという(*5)。日本版SOX法が、いたずらに企業と監査法人の業務量を増加させるだけで、投資家が企業の本質を把握する助けにならないものであれば、市場の会計不信を解消するものにはならないだろう。実際、米国ではSOX法が早くも転機を迎えているとされ、見直しの動きもある。
このような状況で「日本版SOX法元年」を前にした日本の経営者にとって、課せられた報告義務を仕方なしに履行するのではなく、これを積極的に活用するという視点を持つことができるかどうかが、大きな課題となる。内部統制の整備を契機に、カバナンス強化、リスク抑制などにとどまらず、グループ企業の再編成などの戦略的な取り組みの動きがあるとの指摘は、傾聴に値する。 また、公開企業が株主をはじめとするあらゆるステーク・ホルダーに対し、理解しやすい形での情報公開を推進していくことは、企業の付加価値・差別化の一つの要因になりえることも、あわせて指摘したい。

5.脚注

  • (*1)
    正確には、内部統制とは「業務の有効性及び効率性、財務報告の信頼性、事業活動に関わる法令等の遵守並びに資産の保全の4つの目的が達成されているとの合理的な保証を得るために、業務に組み込まれ、組織内のすべての者によって遂行されるプロセス」を指す。企業会計審議会内部統制部会(2006)「財務報告に係る内部統制の評価及び監査に関する実施基準 -公開草案- 」より。
  • (*2)
    但し、会社の事業報告において、内部統制システムの構築・整備の基本方針に関する取締役会決議の内容を開示しなければならないとされ(会社法施行規則第 118条第2号)、事業報告に記載若しくは記録すべき事項を記載せず若しくは記録せず、又は虚偽の記載若しくは記録をしたときは100万円以下の過料の制裁がある(会社法第976条7号参照)。
  • (*3)
    あさひ・狛法律事務所編「平成18年 会社法 取締役・取締役会の実務」税務経理協会, 2006年, p. 219-220.
  • (*4)
    http://www.newyorker.com/fact/content/articles/070108fa_fact
  • (*5)
    日本経済新聞, 2006年12月19日付, 「一日均衡」, 17ページ

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