経営者の智恵袋

1.疲弊する日本企業の従業員

日本企業では、いつの間にか大変なことが起きている。
好業績に転ずる企業が多い中、従業員は疲弊しているようだ。上場企業に勤務する20~30代の正社員を対象とした野村総合研究所の調査(参考文献i)によれば、現在の仕事に対して無気力を感じる人が75%にも達し、潜在的な転職志願者は44%にのぼる。また、ある国際調査によれば日本人の「仕事への熱意」や「働く組織への帰属意識」は世界で最低レベルにある、という報道もある。
一方、米国ではどうか。株主重視が徹底していると考えられている米国企業において、実は従業員を最も重要なステークホルダーと位置づける経営者が増えているという指摘がある。経済誌「フォーチュン」は、毎年「働きがいのある(米国の)会社ベスト100」という調査結果を発表しているが、多くの経営者が、このリスト入りを目指している。働きがいのある会社にすることは、従業員のためだけでなく、経営や業績にも好影響をもたらすということに、米国企業の経営者が気づいているからである。実際、ベスト100入りする企業については、社員定着率が高いのは当然として、株価の上昇率が市場平均を大きく上回るという研究結果もある。
先入観としては、米国企業の株主重視に対して、日本企業は従業員重視の傾向があると考えがちであるが、昨今の両国の状況からは、それが逆転している可能性もある。特に日本において、従来は軽視しすぎた株主を重視しようという反動が行き過ぎて、従業員軽視につながっていないかどうか、冷静に考え直す必要があると思われる。

2.株主重視と従業員重視をめぐる様々な考え方

なぜ従業員重視が重要なのか、また株主重視の視点との関係をどうとらえればよいかについては、様々な考え方がある。大くくりの整理をすると、1.株主重視と従業員重視を対立させ、従業員重視を上位に置く考え方(例えば、参考文献ii、iii)と、2.株主重視と従業員重視は矛盾なく両立し得るとする考え方(例えば、参考文献iv、v、vi)に大別できる。

  1. 従業員重視を上位に置く考え方

    この考え方で最も分かりやすいのは、岩井克人が展開する「ポスト産業資本主義」論であろう(参考文献ii)。要約すると、現代社会を「ポスト産業資本主義」の時代、つまり、「利益を生み出すためには、機械制工場を保有しているだけでは足りず、常に他社との違いを作り出さなければならないような世の中」とした上で、その「違い」を作り出すのはヒトに他ならないという考え方である。おカネの力が相対的に弱くなったために、株主よりも従業員を重視する必要があるということである。

  2. 株主重視と従業員重視は矛盾なく両立し得るとする考え方

    米国のコンサルタントであり研究者でもあるシロタらは、各ステークホルダーの利害関係のバランスをとることが必要とした上で、社員の情熱が好業績をもたらすとする(参考文献iv)。長年にわたる経験と膨大な調査の結果、従業員が求めているのは「公平感」、「達成感」、「連帯感」であり、これらを満たすことが、長期的な好業績のために必要であるとの結論を得た。

また、日本の財務省財務総合政策研究所の調査によると、長期雇用を維持しながら能力業績給の導入を試みる企業は、興味深いことに、コーポレート・ガバナンス改革に積極的であり、パフォーマンスも高いという結果が出ている(参考文献v)。長期雇用維持を前提とした能力業績給の仕組みは、一般に従業員の選好に沿うものと考えられるため、当該調査結果は、株主重視と従業員重視の両立の根拠の1つと考えられる(参考文献vi)。

いずれの考え方をとるにしても、株主重視の考え方を、従業員重視の考え方に対して優位に持ってくる議論は見当たらない。

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